そこは暗闇だった。全てを飲み込むかのような、闇。

「お前、本当にバカだよなあ」

くつくつと人を嘲笑う声がそこに響き渡る。

「うるさいなあ。」

それを鬱陶しげに聞き流して、周りを見渡すが、闇のせいで、自分の体さえも確認することができない。
どうしてここにいるんだっけ、考えてみてもわからないし、
どうやら自分ともう一人いるらしいその人物に聞いてもどうせ答えてはくれないだろうと諦めた。
自然と零れるため息さえもこの闇は飲み込んでしまう。
「ま、バカなのは前からわかってたんだけどな、バカもここまで極めると尊敬にすら値する」
「そんなこと言われても嬉しくないって」
「いや褒めてねえよ」
呆れたような声が返ってきても気にしない。この人を小馬鹿にしたような奴には何を言ったって無駄だ。
それよりも

「何か忘れてる」

記憶を掘り起こしてみる。確かそう、自分は追放されて、それから、漂流した。
そして、人魚に会って、

!!」

そうだ、だ。島の主との戦いで、確かが見慣れぬ紋章を使ったのだ。凄く禍々しい雰囲気のあれは一体――

「罰の紋章」

心を読んだかのように、疑問に答えが降ってきた。声の主はあいつだ。
「罰…?」
それはどういうものなのだろう?問うても今度は答えてはくれなかった。特殊な紋章?
嫌な考えが頭の中を掠める。きっと違う、何かの間違いであって欲しい。再び心がざわつくのを感じた。
「お前も感じただろう?奴の力を」
感じた、そう気絶してしまう程の共鳴だった。どこか空虚なその声は、対した興味もなさそうに続けた。
「わかったんなら、さっさと離れろ。あれはお前にとっても俺にとっても害でしかないからな」
さらり、と死刑宣告を受けたような感じ。今のには重く響いた。
「な、なに言ってるの?!そんなこと出来るわけ
「お前いつもそうだよなあ。いつも俺の意見を聞こうとしない。で、最後に必ず痛い目みてるのは?」
言葉自体は淡々としているが、その声に急に感情が篭もり、苛立ちと蔑みを含んだような、その声に恐怖を覚えた。
姿が見えないだけ余計に畏怖の念を覚えた。
「あんたなんて知らないんだけど」
相手に恐怖を悟らせないように、精一杯強がってみる。
だけど相手には何でもお見通しとばかりに再び失笑が響いた。
どこまでも人の神経を逆なでする奴だ。
「お前、ほんとうにバカ」
「あだ!」
暗闇から突然デコピンが飛んでくる。暗闇に一瞬火花が飛んだ。つまり滅茶苦茶痛い。
その場にうずくまると、恐らく被害を受けた箇所をさする。手探りで。
そこに本当に自分の手が存在しているのかも曖昧ではあるけど。
「な、にす…」
文句の一つでも言ってやろうとした所で思考が急に霞んできた。闇に溶ける――――――――
「時間切れだ」と何処かで声がした。















programma3 deriva 7 - 漂流 -













ここ数日間ですっかり聞き慣れてしまった波の音で目が覚めた。

「眩しい…」
闇に慣れてしまった目に突然差し込む太陽の光は強すぎる。
目が慣れるまでしばらくぼんやりとしてから辺りを見渡すと、やはり見慣れた光景が入ってきた。ここは無人島だ。
「目覚めたか?」

ケネスの声だ。思考も段々と現実に戻ってきて、のっそりと起きあがると、すぐ横で安堵したようなケネスの顔と視線があった。
「おはよう」
「ばか、もう昼だ」
寝過ぎだ、とからかうような答えが返ってきた。ごめん、とも笑って、ケネスの側まで歩いていく。
失礼のない程度に観察すると、所々かすり傷らしい箇所が見受けられたが、すっかり傷も癒えているみたいだ。
一体どの位寝てたのだろう。するとの視線に気付いたのか、ケネスが苦笑した。
「ああ、ご覧の通りすっかり元通りさ。丈夫な体が取り柄だからな、俺達騎士団は。
そう言って、あ、と声を上げた。
「元・騎士団な」
「うん」
思わずも苦笑する。
「ね、他の皆は?」
「あ、ああ…」
ケネスが言い淀んだ所で、騒がしい音が聞こえてきた。
「帰ってきたな」
「おい、あんだけでっかいカニだと当分カニ料理に困んねえのな!」
「本当に食べるの〜?」
「決まってんだろ、なあケネス、…と!よお!ようやく起きたのか?!」
お前寝てばっかだなあ、と呑気な声が飛んできた。
「そういうタルは食べる事ばっかじゃん!」
「あんだと?それお前には言われたくねぇよ!」
「どーゆー意味?」
普段通りの掛け合いが始まり、ケネスが「お前ら、いい加減にしろよ」と諫めるものいつものことで、皆が無事なことに安堵した。
ヒゲをヒクつかせて、耳の垂れたチープーが申し訳なさそうに寄ってきて、
「ご免ね…?」と言った姿はの乙女心をくすぐって思わず抱きついてしまったけれど。
わたわたと慌てるネコボルトはとても可愛いらしかった。
だけど、何かが足りない。一番大切な、何かが。
は?」
そう言うと、仲間の姿が凍り付くのがわかった。皆どこか気まずそうに視線をそらす。
また、胸騒ぎがした。

「なに、どうしたの?」
自身も自分の顔が強張るのがわかった。
「いや、それがさ…」
睡眠を摂りすぎたせいか、頭がくらくらした。













「なんか立場逆転だね」

呟いて、目の前に横たわる、少年を見つめた。
あの戦いの後、気付くとが倒れていたそうだ。
なんとか二人をキャンプ地まで運び、それから1日してが目覚めた。
そして、は未だ目を覚ましていない。

涼しい潮風が二人の間を通り抜け、サラサラとの髪が流れた。
その蒼い瞳は開かれることはない。時折、苦しげに眉間に皺が寄せられる。
「どんな夢見てるの?」
一体、何を背負っているの?問いかけに答えはない。
罰の紋章。
夢の中で、知った。今度はしっかりと会話まで覚えている。
それが必然であるかのように、目が覚めた時も記憶に留まっていた。
もしかしたらあいつの仕業なのかもしれない。
どちらにせよ、覚えていたことに何か意味があるのだろう。
世界は必然で成り立っているのだから。
初めて聞くこの紋章の名前を、そして意味をは知っているのだろうか。
それについて は一回も相談を受けた事がない。
こんなに近くにいたのに、一番近くにいたのに、自分のことばかりで、ちっとも気付くことができなかった。

「ごめんね」

呟くと、眉間の皺が引いた。
どれほど苦しかったの?一人で抱え込んで、何を思ったの?
大切なグレンが亡くなって、見ず知らずの不審者であったにとっても親切にしてくれたグレンが亡くなって。
それだけで悲しいはずなのに、あまつさえその冤罪を背負わされて。
今考えれば、あれもこの紋章が関係していたのか。
罰。
はいわれの無い罪を背負わされている。この紋章に寄って。
普段はグローブで隠されて気付かなかったその手をそっと取った。

「ああ、のお説教もないと寂しいもんだね。」

誰よりも怖いけれど、その後には、しょうがないな、って笑って許してくれて、この手で、頭を撫でてくれた。
そう言えばもうどれくらいこの手に触れていなかっただろう。
本当に自分の事ばっかりだ。

「ごめんね。」

また眉間に皺が寄る。
夢の中でも、苦しみから、哀しみから逃れられないの?何も出来ない自分が歯痒くて、握った手に力を込めた。

「早く、目を覚まして」

話を、しよう。きっと話すこと、話さなきゃいけないことが沢山ある。
以心伝心じゃないよ、話さなきゃ分からないことが沢山ある。

ぽたり、と暖かいものが頬を伝った。

サラリと潮風が再び舞って、ひんやりと冷たかった。










何時の間に眠ってしまったのだろう。
日が海の地平線に落ちかかっていて、周りもひんやりと冷たくなってきた。
繋がれた手が僅かに握りかえされた感触に目が覚めた。
暗くなりかけた世界の中で、ゆっくりと開かれた蒼い目と視線が絡んだ。
蒼いかどうかなんて判別できないけれど、記憶の中では海のように澄んだ蒼い、瞳。

…?」
そっと問いかけると静かな波の音と共に
「おはよう」
「ばか、もう夜なんですけど」
懐かしい声が聞こえた。思わず繋がれた手に力を込めた。
寝過ぎだよ、と言えば「に言われたくない」と返ってきた。
「泣いてるの?」
「泣いてないよ」
精一杯強がって見せたところで、には何でもお見通しだ。
だけど夕闇で見えないからと少しだけ甘えてみた。
ゆっくりとが起きあがると、その動きに合わせて潮の匂いが舞った。
そのまま向かい合うと、
「あだっ」
既視感。再び額に激痛が走る。やっぱり火花が散った気もする。つまるところ、滅茶苦茶痛い。
今度は別の意味で涙が出る。その場にうずくまると、頭上から声が降ってきた。
「どうしてきたんだ」
あ、やっぱりそれですか、そこから来ますか。と涙目になった目をに向けた。
夕闇のせいで、表情は良く見えない。
「行かなきゃいけないって思ったから。行かなきゃ後悔するって思ったから」
息を吸って、吐いて。
「そしたら、ほらやっぱり無茶なことするし」
返事はない。
「だけどね、やっとわかったよ。私が目を覚まさなかった時のの気持ちが」
あの時、どれだけ心配をかけたか。今度は立場が逆転してようやくわかった。
それってこんな気持ちだったんだね、と呟いた瞬間、繋がれたままだった手を引かれた。
そのまま、倒れ込むような姿勢での胸の中にすっぽりと収まった。
とくん、とくんとの生きてる鼓動の音が聞こえる。静かな波の音と混じって心地よい。
遠くでタルの陽気な声が聞こえたけど、それは都合良く無視することにした。
そっとあいている腕をの背中に回した。
「泣いてるの?」
今度はが問いかけると
「泣いてない」
と返ってきた。
こうしていると、少しでもの宿命に近づけるのではないかと、
回した腕に力を込めると、お返しのようにに回された腕にも力が込められた。
のことを分かりたいと思っているように、もまた、の事を思ってくれているのだろうか。
今だけは自惚れてもいいのかな、とこっそり心の中で思った。
「ごめんね」
「俺もごめん」
お互い何に対して、とは言わない。
それでも伝わっているような気がした。

(あれ、おかしいな。以心伝心なんて無理って言ったばかりなのに)
ちょっぴり矛盾している気がするのは気のせいなのかもしれない。

この腕にどれだけの罰を背負っているのだろう。
これからどれだけの罰を背負うのだろう。

の体が僅かに震えている気がした。
の体が震えているからかもしれないけれど。

話をしなくてはいけない。ちゃんと向き合わなければ。
きっと一人で全て抱え込んでしまうだろうから。




                                                           


 2008.7.4
2010.05.13
一部訂正。ご指摘ありがとうございました。

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